そこの生徒さんも、忙しい学業の合間に当店へ足を運んでくれたりもします。
このお店が始まって最初の年、
まだまだ手探りで不安だらけの僕たちを癒してくれたのが、そんな看護大学生の1人の女の子でした。
とても礼儀正しく、しっかりとした子で、よく1人でお店に通ってはお茶とスコーンを楽しんでくれていました。
すっと伸ばした背筋と、生真面目で無垢そうな受け答えが、なんともいじらしく可愛らしく、
客席の彼女の姿を見るのが、僕とフミノさんの癒しにもなっていました。
そんな彼女が学校を卒業し、地元の病院へと就職が決まった時、
彼女はなんと僕たちにお別れの挨拶と共にプレゼントまで贈ってくれ、
彼女を見送った後でフミノさんはグスングスンと泣いたのでした。
故郷へ帰った後も、彼女は何度かご家族と一緒にわざわざ片道何時間もかけて、僕たちの店へ訪れてくれました。
顔を見る度に、どんどんと美しい大人の女性へと成長していくようで、僕たちはまるで娘を見守るかのような心境。
キッチンの内側でも、よく僕とフミノさんの会話に登場をします。【あの子は元気で頑張っているかな〜】って。
そんな彼女が、元気でいられなくなってしまった。
勤め先の病院が病床数を大幅に拡張したことなどもあり、激務に次ぐ激務。
生真面目で責任感の強い彼女のこと、無理を重ね、きっとどんなにつらくても、
それでも精一杯に笑顔で頑張り続けたのでしょう。
いよいよ身体が大声で悲鳴を上げ、腎臓の病が発症し、
2週間以上の入院と、休職ということになってしまいました。
幸いなことに治療は順調に進み、取り敢えず無事に退院となった折、
心身共に疲れ果てた彼女は、可愛い我が子が心配で仕方ないであろう親御さんに一つの我儘として、
『パパ、あのお店に連れて行って、、』
そう頼んでくれたのでした。
・・聞いていて、泣きそうでした。
久々に、当店にお父様と2人で来店してくれた彼女は、とても元気そうで、
そして更に美しくなられたようで、相変わらずの折り目正しい挨拶、
彼女自身がお話をしてくれるまで、そんな大変な状況にあることは全く僕には分かりませんでした。
朝食を食べ終えたお父様は、『私はこれでいったん席を外します。また娘を迎えに来ます。』そう言ってお店を出ました。
娘さんに、1人でゆっくりと過ごさせてあげる為の優しく愛のある配慮に、胸が熱くなりました。
彼女は1人、まだ学生であった頃と同じように、窓際の席で、本を読んだり外を眺めたりして過ごします。
僕はキッチンの内側からその様子を見ながら、
【ありがとう。ありがとう。ありがとう。】って胸の内で言い続けていました。
僕みたいな人間は、何の現実的なアドバイスもできません。
今の彼女をラクにさせてあげられるような言葉を持っていません。
唯一出てくるのは、彼女へのありがとうだけでした。
帰る彼女を見送る時、とても切なかった。
と同時に、なんだか力も込み上げてきました。
結局、僕たちのお店は、こうした沢山の【ありがとう】に支えられて、在るのです。
あの人も、あの方も、あの子も、僕たちのお店に素敵な【ありがとう】の物語を贈ってくださりました。
荒れ果てたボロボロの手で洗い物をしながら、フミノさんがまた、
『これだから、やめられないよね』
そう言いました。

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